2011年6月8日水曜日

『ONE PIECE』人気を支える「作りこみの美学」 鈴木貴博の「舞台裏から分析!流行のメカニズム」

『ONE PIECE』の魅力は作りこみの深さにアリ


 私の新刊『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』は、世代の性格が人気漫画の影響を強く受けていることをテーマにしている。20代は仲間と自由が大切な“ワンピース世代”であり、40代は組織の重力から逃れられない“ガンダム世代”である。

 その20代に最も影響を与えた漫画『ONE PIECE』は、日本のコミックス史上最大の人気漫画だ。物語の舞台は大海賊時代という架空の時代。主人公のルフィは海賊王になることを目指して航海に出る。敵である海賊団や海軍と戦いながら、さまざまな冒険の中でひとりまたひとりと仲間が増えていく―。

 というような形で物語は進んでいく。


 単行本の累計発行部数は2億3000万部、最新刊である62巻の初版発行部数は380万部で、この数字はどちらも日本記録である。日本最大の雑誌メディアが『少年ジャンプ』(ONE PIECEが連載されている)なのだが、そのジャンプの発行部数は、現在約300万部と言われている。そう考えると、380万部のONE PIECEはその存在自体が日本最大級のメディアなのである。だからこそ、ONE PIECEという漫画作品が、20代若者の「仲間が大事、自由が大切」という人生観を形成する結果につながっているのだ。

 さて、この連載コラムでは、毎回ヒットの裏側を論じている。今回はONE PIECEそのものがなぜ流行したのか、そのメカニズムに焦点を当てたい。とはいっても、ONE PIECEの魅力については主人公のルフィをはじめとする魅力的な登場人物、彼らの仲間に対するゆるぎない信頼、海賊王をめざすという夢の大きさといったさまざまな切り口ですでに語られている。ここでは、それらの論説とは少し違う切り口である「作者による作りこみ」という観点で、ONE PIECEの魅力を論じてみたい。


 私自身もこれまでなんどもONE PIECEを通読している。ちょうど最近、書籍執筆に関係して4回目の通読を終えたところだ。こうして改めて全巻を読破してみると、連載初期の段階からすでにかなりの深さでエピソードが作りこまれていることに気づかされる。このONE PIECE世界の作りこみの深さが、ONE PIECEファンにはたまらない魅力になっている。

 作品世界が地理的にも、群像劇的な人間関係にも、時代を遡った歴史的にも非常に細かいところまで作りこまれていることで、ファンがこの作品の深いところまでドンドン感情移入できるようになっている。そしてそのことが、ONE PIECEという作品のスティッキーさ(Webビジネスの用語で粘着力があるという意味)を非常に強いものにしており、その結果、これだけのメディアに育っているというのが私の分析である。
 
作りこみのパターンは3つ


 作者の尾田栄一郎氏は、このONE PIECEの世界観を構築するにあたって、3つのパターンで細かい世界の作りこみを手がけている。しかも、おのおののパターンが複雑にからみあって、ONE PIECEワールドが作り上げられている。その3つのパターンをひとつずつ、具体例を挙げながら解明していこう。
 世界観を作りこむ1つめのパターンはあらかじめ練りこまれた伏線を張っておき、かなりの時間をかけて、その伏線の中身を明らかにしていくというパターンだ。


 それも、通常の作品であれば、ひとまとまりの大きなエピソードの中で伏線が張られ、クライマックスでその真実が明らかにされていくものだが、尾田氏の場合は、この伏線をかなり先の別のエピソードにつなげていくという非常に大掛かりなやり方を取っている。


 たとえば、連載初期に、主人公のルフィたちが仲間のナミの住むココヤシ村を支配する魚人海賊団と対決するエピソードがある。コミックス8巻(最新刊の62巻と比較すればまだ比較的連載初期である)の段階で、魚人海賊団の首領であるアーロンというボスを紹介するにあたって、次のような伏線が紹介される。

 「ジンベエは“七武海”加盟と引き換えにとんでもねェ奴を、東の海に解き放っちまいやがった」


 と、登場人物に言わせるのである。この「とんでもねぇ奴」は当面の敵のアーロンを指すのだが、その背後にさらに大きな存在がいることを匂わす演出だ。その後、この王下七武海とはONE PIECEの世界の頂点にある7人の実力者であることが判明し、まだ登場しないジンベエというキャラが凶悪なアーロンの裏にいる大ボスのような存在なのだろうと読者の想像をかきたてることになる。
 
世界観を時間軸で深める

 通常の作品であれば、アーロンが倒されたその次の回あたりでジンベエが次なる敵として登場しそうなものなのだが、そうならないところが、この作品の作りこみの深いところである。ジンベエが実際に登場するのは、連載時期にして、なんとその10年後。コミックス54巻である。登場の仕方も悪役ではなく、義侠心に厚いオトコとして主人公のルフィを支える役として紹介される。

 そのエピソードですらもアーロンとのかかわりについては、ジンベエ自身の心情描写に「お前さんにゃあ感謝と謝罪の気持ちがあるが…」という形でさらりとふれられるだけで多くは語られない。そして、そこからまた空白期間があった後、ジンベエがアーロンを東の海に解き放つエピソードが、まさにちょうど今、連載13年目にして語られているのである。

 ONE PIECEの場合、このような伏線の引き方が非常にうまいのと同時に、ただの伏線ではない、作りこまれたものであるという点が、他の多くの漫画作品と一線を画す仕上がりを生み出している。まさに作者の作りこみへのこだわりが、作品価値を高めているのだ。

 一般的なストーリーづくりの技術でいえば、たとえば、ジンベエの伏線についても具体的な名前を出すのではなく、ただ、「アーロンの背後には巨大な力が存在している」といった具合にとどめておく方が、後で細部を設計しやすい。ところが、ONE PIECEはそこを最初から作りこむのである。
 さて、ONE PIECE世界を作りこむ2つめのパターンとしては、過去を回顧するエピソードを作りこむことによって世界観を時間軸で深めていくというやり方が作品の中で多用されている。

 この過去の回顧的エピソードは、多くの場合、どうしようもないくらい悲劇的なエピソードであることが多い。そして、その結果、登場人物の現在が、人間的により深く読者に共感されるようになる。同じ魚人海賊団のエピソードで言えば、主人公ルフィの仲間であるナミが過去に育ての親であるベルメールさんを海賊に殺されてしまったという回顧エピソードがこのパターンに相当する。

 そしてそれに続く現在のエピソードは、状況的には過去以上に困難なものであるにもかかわらず、主人公たちによって克服されていく。結果として悲劇を背負った登場人物は過去と現在の双方で救済され、大団円を迎える。この一連のエピソードの作りこみがあるからこそ、主人公たちの勝利がONE PIECEの読者にとっては大きなカタルシスとなるのである。
 
不自然な白地の謎が解明されるのは何年後?


 さて、ONE PIECEの場合、他の作品にはないもう1つの興味深い世界観の作りこみ方を試みている。それは、「扉絵劇場」と呼ばれる外伝的エピソードである。

 これまでの長い連載期間の中で都合12回、扉絵(連載ごとの表紙)を使って本編とは別のエピソードを尾田氏は展開している。1回1回の表紙絵が紙芝居のように作られていて、30~40話分の表紙をつなげると1つのストーリーになるという趣向である。そしてこの扉絵劇場では、本編で大団円を迎えた後の敵役やサブキャラクターたちの後日談を紹介することが多い。そこで作りこまれた外伝的ストーリーがまわりまわって、長い連載期間の後の別のエピソードに戻ってくるのである。


 主人公のルフィたちがアーロン率いる魚人海賊団と戦うエピソードがコミックスの11巻で終了した後に、魚人海賊団の一味で、敵ではあるがにくめない「はっちゃん」というキャラクターの後日談が、扉絵劇場で紹介されている。そしてその扉絵劇場で紹介された新しいキャラクターたちとともに、はっちゃんはコミックスの51巻で重要人物として再登場するのである。


 このように、ONE PIECEという作品の非常に長いストーリーの中の、魚人海賊団のエピソードだけをとっても、地理的にも、時間軸の過去にも、時間軸の未来にも非常に多くの細部のストーリーが作りこまれて提示されている。そしてそのことが、ONE PIECE世界の深みを読者に感じさせ、何度読んでも新しい発見があるという作品のスティッキーさを生み出しているのだ。

 ちなみに、連載直前の設定集の絵(公式ファンブック『ONE PIECE GREEN』に収録)には、連載前からすでに現在の麦わらの一味9人の姿が描かれている。足掛け10年かけてひとりひとり増えていった「仲間」たちは、すでに連載開始の段階で作りこまれていたのである。その点1つをとっても、尾田氏の本作品の作りこみの深さがご理解いただけるのではないだろうか。そして、ファンのためにもう1つ指摘しておくと、その公開された設定集の絵は、左上の部分が不自然に白地になっている。ONE PIECEの麦わらの一味は、最後には10人になるという話がファンの間では定説になっているが、その10人目も公開されていないだけで、すでに1997年の段階で作りこまれているのかもしれない。



著 者

鈴木 貴博(すずき・たかひろ)

 百年コンサルティング代表取締役。米国公認会計士。東京大学工学部物理工学科卒。1986年、ボストンコンサルティング入社。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業。主な著書に『ニュータイプス』『会社のデスノート』『アマゾンのロングテールは、二度笑う』『カーライル』などがある。

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